Introduction

はじめまして、
こんなホームページを作ってみました。

3〜4年も前から、何か作ってみようと思いながら、何も思いつかないままに、今年(2000年)も半ばを過ぎようとしているときに、私の犬が他界しました。

高齢と言うこともあり、子宮にできた大きなポリープを手術してあげることも出来ず、大量の下血、心臓発作、為すすべもなく、苦しげな顔をただ見つめるだけしかできなかった私の、あまりの無力さと、死というものの巨大さを思い知らされたのでした。

既に三度ペットの死を経験している私が、今回はなぜか愛するものの死というものを深く心に刻み込まれてしまい、何か彼女のためにしてあげなくてはならない、と言う強迫観念にも似たものを感じ、このようなホームページを作ることとなりました。

このHPを立ち上げるに当たり、いろいろ考えたのですが、自分のペットは、何かしら意志の通じるものを感じるもので、時として私の言葉を理解しているのではないか、と思ってしまうことも多々。

科学的には、声の調子や雰囲気を感じ取っているらしいのですが、そうとばかりも言い切れないものを感じます。
 では、本当に言葉に出して自分を主張したらどうなるのだろう、こちらが都合のいいように受け取っていることはないのだろうか、そう考えると、ペットに自分の意志を伝えるのではなく、こちらから何を言おうとしているのか、何を求めているのか酌み取ってあげたくなったのです。

そのようなアプローチは、別に今始まったことではなく、冒頭の「吾が輩は猫である」(夏目漱石)、「A Dog's Life (犬の生活)」(チャーリー・チャップリン)等から、ヒトなのか動物なのか境のない宮沢賢治の世界まで、私の知る中でも数多。
中には、キーボードをたたいて「スベテノイヌハ、ヒトノコトバヲリカイスル」などと言ってしまった邦画もあったような。

文人でもない私が、どこまで犬の気持ちになれるかはとても疑問ですが、今年他界した友が、本当は言いたいことがいっぱいあったのだろうと思い、そんな気持ちで、綴ることができればと考えています。

Dec. 2000

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