季刊【圓福】は、盆、正月、彼岸など、季節ごとに発刊されるもので、元々檀家の方や縁のある方にダイレクトメールで送られていたものですが、今回より、こちらのホームページでもご紹介することといたしました。

 今回ご紹介するのは、春のお彼岸に向けて刊行された【圓福 第33号】です。

第32号  第31号  第30号  第29号  第28号  第27号

謹啓 やわらかな春の日ざしが心地よく感じられる季節となりましたが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。
 円福寺会館につきましては、おかげさまで、たくさんの方々から、募金のご協力を頂き、順調に工事が進んでおります。ここに、厚く深くお礼申し上げます。
 さて、今回も、法然上人のお言葉から、私達の日常生活における、心の持ち方、あり方を学びたいと思います。

 このたび生死を離る道、浄土に生まるるに過ぎたるはなし。
 浄土に生まる行い、念仏に過ぎたるはなし。


 お年を召された方々から、よく、「昔はよかったなあ」とお聞きすることがあります。新聞などのニュースでは、連日、目をおいたくなるような事件ばかりです。
  確かに今からほんの十年ほど前まで、こんなに毎日、凶悪な事件などなかったように思います。特に、親子の間の殺人事件など、動機があまりに短絡的で、いったいこれから先どのような時代になるのかと不安になります。

  けれども、このような悲しい事件も、二千五百年も前のお釈迦様がいらっしゃる時代にもありました。 それは、観無量寿経の中に説かれています。
 自分のために肉親を殺そうとする本当にあった悲劇です。 このような悲劇から離れることが、浄土に生まれたいと願う念仏の生活です。 法然上人は、「このようなつらく苦しい世界から離れるには、すばらしい極楽世界に生まれるのが一番です。 そしてそのためには、念仏しかありません。」とおっしゃっています。

     極楽とはどんなところでしょうか。

 死んでから行く極楽浄土ではありません。 人が幸せを感じるときが一番極楽なのです。

     幸せを感じるときとはいつでしょうか。

 それは、自分を大切に思う人たちに囲まれ、その人たちから感謝され、喜んでもらえるときではないでしょうか。 数え切れないほどの命に支えられ、祈られている私たちです。 念仏とは念じてくださっていることに気づく大切な行いです。

 日頃雑事の追われて、先立たれた方々にも感謝を忘れがちな私たちです。
 下記の通り春の彼岸法要をつとめます。
 是非ご家族皆様おそろいで、お参り下さいますようご案内申し上げます。

●3月19日(土)  
午後12時00分 
昼食接待
1時00分 
彼岸施餓鬼法要