季刊
【圓福】
は、盆、正月、彼岸など、季節ごとに発刊されるもので、元々檀家の方や縁のある方にダイレクトメールで送られていたものですが、こちらのホームページでもご紹介させて頂くことといたしました。
今回ご紹介するのは、お盆施餓鬼法要に向けて刊行された
【
圓福 第40号
】です。
※
随時バックナンバーもご紹介していきたいと思いますので、ご期待ください。
第39号
第38号
第37号
第36号
第35号
第34号
第33号
第32号
第31号
第30号
第29号
第28号
第27号
謹啓
梅雨明けも間近で、毎日蒸し暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうかお伺い申し上げます。
さて、私事ではございますが、先月六月二十六日朝に、住職の父、「慧空亮淳上人善阿教導老和尚」が享年八十歳で、お浄土へと旅立ちました。 存命中は、大変お世話になり誠にありがとうございました。 父は、京都で生まれ、七十二年間過ごして参りましたので、ここ岡崎では、知人や友人も無く、通夜、葬儀と十分にお知らせすることもできませんでしたが、ご多用中にもかかわりませず、檀信徒の方々やご近所、ご縁の方々のご参列、ご丁重なご芳志を賜り、略儀ながら、ここに厚く深く御礼申し上げます。
残された家族一同これからも圓福寺の発展のため、少しでも皆さま方に喜んで頂けますよう、力を合わせて精進して参ります。 どうぞこれからも圓福寺をよろしくお願い申し上げます。
「念仏申さんもの十人あらんに、たとい九人は、臨終あしくて往生せずとも、我一人は、決定して往生すべしと思うべし」
お念仏を称える人が十人いるとして、例えば、その内の九人までもが臨終に心が乱れて阿弥陀さまの本願を疑って心が乱れて往生ができなかったとしても、この私だけは一人でも必ず往生を遂げると思い定めるべきです。
これは、法然上人の常に仰せられけるお言葉の一節です。 常日頃、我々は、ついつい他の人と何事も合わせてしまいがちです。 確かに、学校でも社会でも周りの人と合わせることは、とても大事です。 けれども、正しいと思うことを最後まで持続することはとても難しく、多くの人が途中であきらめてしまいます。 例えば、スーパーのレジ袋はどうでしょうか。 地球温暖化にもつながるとゴミを減らしましょうと買い物袋持参を提唱するようになって久しくなりますが、多くの方が今でもレジ袋を利用し、食品一つ一つをさらにビニール袋に詰めておられます。 暑い日は、車のエンジンをつけっぱなしにしたり、少しの勇気でやめられることがなかなか続きません。 法然上人は、たった自分一人でも必ず成し遂げようと思い定めなさいとおっしゃっています。 浄土往生とはまさに、心を説いたものです。 清らかな心を求め、決して汚い心に戻らない。それこそが念仏の生活です。
下記の通り夏のお盆施餓鬼法要を勤めます。 今は無き家族をお迎えする大切な法要です。 是非ご家族、ご近所お誘いあわせてお参り下さいますようご案内申し上げます。
合掌
【記】
7月19日(水)
正午
・昼食接待
午後 12時30分
・住職説教
午後 1時30分
・盆施餓鬼法要