季刊【圓福】は、盆、正月、彼岸など、季節ごとに発刊されるもので、元々檀家の方や縁のある方にダイレクトメールで送られていたものですが、こちらのホームページでもご紹介させて頂くことといたしました。

 今回ご紹介するのは、春のお彼岸に向けて刊行された
圓福 第43号】です。

随時バックナンバーもご紹介していきたいと思いますので、ご期待ください。

第42号  第41号  第40号  第39号  第38号  第37号  第36号
  第35号 第34号 第33号  第32号  第31号  第30号
  第29号  第28号  第27号

謹啓 今年は、暖冬で過ごしやすい冬でした。 けれども、雪が無い分、夏の水不足が心配です。 地球温暖化が益々深刻な状況に、これ以上の環境破壊が ないよう、できることを精一杯させていて頂くしかありません。
  皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。
  さて、今回も、法然上人のお言葉から、私達の日常生活における、心の持ち方、あり方を学びたいと思います。

 人の命は食事の時、むせて死する事もあるなり。南無阿弥陀仏と噛みて、南無阿弥陀仏と飲み入るべきなり。

「人間の命というものは、食事中でも食べ物がのどに詰まってむせて、死んでしまう事が起こるものです。
  ですから、何時お迎えが来るか解らないから、『南無阿弥陀仏』と唱えて噛み、『南無阿弥陀仏』と唱えて飲み込むべきです。」
  先日、ある方のお葬式に出席致しました。その方は五十二歳でした。 朝元気に会社に行かれ、すぐに何軒かの営業で得意先をまわられました。
  午後一時の約束の得意先から二時になっても来られないと連絡が入り、会社は慌てて、携帯電話に連絡を取りますが応答が無く、同僚の方が心配になって、午前中の得意先から午後へ行く予定への道を探されると県道に会社の車がありました。
  車をのぞくと、お弁当を膝に乗せ、お箸を持ったまま、足をダッシュボードに乗せて亡くなっておられました。 お葬式は、ご家族、兄弟親族や会社の方まで、信じられないと、ただただ呆然としておられました。
  どれだけ医学が発達しても、寿命を変える事はできません。 いくら健康に気をつけていても、事故に注意しても突然死は訪れます。
  法然上人はこの言葉で、何時死ぬ事になっても、たった今、この瞬間でさえ、感謝して過ごす事が大切だとお示し下さっています。 感謝のできる毎日こそ後悔のない毎日です。それが念仏の生活というものです。
  日々に雑事に追われ、感謝を忘れがちな私達です。 下記の通り春の彼岸法要を勤めます。
  たくさんの命に支えられている私たちです。 お陰様の気持ちで、是非ご家族皆様おそろいで、お参り下さいますようご案内申し上げます。

合掌

●3月19日(日)  
正午     
・昼食接待、法話
午後 1時   
・彼岸施餓鬼法要