季刊【圓福】は、盆、正月、彼岸など、季節ごとに発刊されるもので、元々檀家の方や縁のある方にダイレクトメールで送られていたものですが、こちらのホームページでもご紹介させて頂くことといたしました。

 今回ご紹介するのは、【圓福 第45号】です。

随時バックナンバーもご紹介していきたいと思いますので、ご期待ください。

第44号  第43号  第42号  第41号  第40号  第39号  第38号
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謹啓 梅雨時期は、毎日蒸し暑く、ついつい水分も取りすぎになり、体を壊しやすい気候ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。
  さて、今回も、法然上人のお言葉から、私達の日常生活における、心の持ち方、あり方を学びたいと思います。

 たとい余事をいとなむとも、念仏を申し申しこれをする思いをなせ。
  余事をしし、念仏すとは思うべからず。

「たとえ、お念仏以外の事をするにしても、お念仏を繰り返し申しながら、その事をするように心がけなさい。 その事をしながら念仏するのではありません。」

  このお言葉は、はたから見れば、結局口に念仏を唱えながら仕事をしているわけですから、同じ事のように思われます。 けれど、法然上人は、心の中心をどこに置くかという事を重要視されておられます。 即ち念仏するために仕事をするのであって、仕事のついでに念仏を口ずさむのではありませんよとおっしゃっています。 念仏中心の生活こそ私たちの大切な生き方だとお示し下さっています。
  このところのニュースでは、あまりにも簡単に人の命を奪ってしまう事件が多いように思います。 殺人を犯す前にもし『感謝』の心があれば、きっと思いとどまる事ができたはずです。 感謝の気持ちを持つという事は、まず自分が生かされている事に気づく事から始まります。 その気づく心を育てる事こそ人生の最も大切な事です。 それが、念仏の生活です。 法然上人は、私たちは自分中心に物事を捉えて、そのために過去から多くの罪を重ね、自分によい事はすれども他の人に対して良い事のできない罪悪不善の凡夫と、おっしゃっています。 そんな私たちを放っておけない、救わずにおれない阿弥陀さまの思いこそ、親の思い、ご先祖様の思いなのです。 この思いに気づいて、あまりのありがたさに思わず、感謝の念仏をさせて頂くのです。 この感謝の心を育て、自利から利他へと気づく生活がお念仏を中心とした生活なのです。

  毎日、仕事や雑事に追われ、ご恩に気づかず感謝を忘れがちな私達です。 左記の通り夏のお盆施餓鬼法要を勤めます。 お陰様の気持ちで、是非ご家族皆様おそろいで、お参り下さいますようご案内申し上げます。

合掌

●7月19日(木)  
正午     
・昼食接待、住職説教
午後1時    
・盆施餓鬼法要(受付順)