春の陽気で、桜も満開です。目ごろは圓福寺護持のため何かとお世話になり厚くお礼申し上げます。
参道のアスフアルトエ事も終わり、砂ぼこりの心配もなくなりました。 面積が大きいので、一千万円を超える見積もりでしたが、圓福寺会館の建設に多大なご尽力を賜った御幸建設様のお陰で、およそ半額ほどで、無事にやり遂げることができました。 お寺は、皆様のお布施で成り立っています。どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。
さて、昨年に引き続き、法然上人の生涯についてすすめて参ります。
○法然上人について○
法然上人は、善導大師の教えにより、浄土宗を聞かれました。 けれども、当時は、中国から伝わった、天台宗や法相宗、真言宗など、各宗派が既に存在していました。 それらの宗派は、中国の宗派の師匠に弟子入りをして受け継いだ、いねば、免許状のようなものが、受け継がれ、認められて、それぞれ寺院を構えていました。 ですから、法然上人の行動は、他宗派から、非難されました。『わざわざ、浄土宗をたてなくても、念仏往生の教えを人々に勧めればよい。宗派をたてると言うことは、他宗派をけなし、おとしめたいだけだろう。それに、なにも阿弥陀仏の極楽世界に往生できなくても、他の国土でも良いではないか』このように、言われるのは、確かにもっとものように聞こえます。
けれども、法然上人は、「これらは、浄土宗の教えを知らないからこのようなことを言われるのである。もし、別に浄土宗をたてなくては、われわれ凡夫が、すぐれた西方極楽世界に往生できる教えが隠れてしまうし、念仏を唱える者を全て往生させる阿弥陀さまの本願が人々に知られにくくなる。浄土宗をたてたのは、他宗派より勝れていることを示すためではない」とおっしやいました。
普通なら、宗派をたてるということは、他より勝れていることを示す為に行いますし、そう宣言します。 けれども、法然上人は、この素晴らしい教えを今辛く苦しい人々のため伝えたいと、心から顕われたのです。 ですから法然上人は、お釈迦様のように教団を作るわけでもなく、一ケ寺も寺院を建てることもなく、地位や名声も望まれず、墨染めの衣で、生涯人々のためだけに念仏を勧め、生きてこられました。
法然上人のご遺徳を偲び、御忌法要を修行致します。 輝く未来のために、自分たちだけでなく、子供や孫の幸せを願い、ご先祖様に感謝の祈りを捧げましょう。
食事療法でも有名な、マクロビオティツクをご用意します。是非、ご近所お誘い合わせお参り下さい。
合掌
記
| ●4月19日(土) |
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午前12時00分 |
・マクロビオティツク昼食を接待 |
12時30分 |
・住職説教 |
午後1時30分 |
・御忌塔婆回向法要 |
午後2時30分 |
・法然上人御忌法要
・納骨塔総回向(分骨を納骨いたします) |
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